308日目

思いを砕く

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わたしたちをあなたがたと共にメシアにあって堅く立たせ、わたしたちに油を注いでくださったのは、力ある方である。主はまた、わたしたちに証印を押し、その保証としてわたしたちの心に御霊を与えてくださった。(コリントの信徒への手紙二 1:21-22)

主はご自分の所有の証印として、あなたの心に御霊を置いてくださった。これは、十数語で言い表せる以上のことを語っている。この限りない約束を解き明かしてみよう。

サウロは、聖霊があなたの胸の中にある、あの三百グラムほどの臓器に住まいを定めたということを意味しているのではない。ギリシア語もヘブライ語も共に、「心」を、あなたの思い、性格、内なる人生、意志、感情、意図、言い換えれば、あなたの知性の中枢として指し示している。あなたの「知性の中枢」があなたの心なのだ。これは考えてみると、心を砕く(思いを砕く)ような現実である。あなたの魂について語るときでさえ、「心」という言葉が使われることがある。「人はその心〔魂〕の中で思うとおりの者である」(箴言 23:7)。別の言い方をすれば、人はその欲望、情熱、欲求、感情を養うとおりの者である、ということである。Yahwehはご自分が思うとおりの方であり、あなたはあなたが思うとおりの者なのだ。

この重要な区別によって、聖霊、すなわちわたしたちの創造者の本質そのものが、実は「心に置かれた」のではなく、あなたの思いに、思考として移されたのだということがわかる。主はご自分を、わたしたちの内に、わたしたちの思考の中枢の中に置かれることによって、わたしたちは主の本質を「あなたのうちにおられるメシア、栄光の望み」(コロサイの信徒への手紙 1:27)として経験するのである。主はあなたの古い性質に取って代わるために、ご自分の御霊をまさにあなたの思いの中枢に置かれた。「わたしはあなたがたに新しい心〔内なる人、思い、意志〕を与え、あなたがたのうちに新しい霊を授ける。わたしはあなたがたの肉から石の心〔人の思い〕を取り除き、肉の心〔メシアの思い〕を与える」(エゼキエル書 36:26)。

思考の過程が変容することによってのみ、この刷新された人が生み出され得たのだ。あなたの物質的な世界は、単に起こったことの反映として働くにすぎない。

そして、もしあなたが新しくされたのなら、どうして古いあなたが、その醜い頭をもたげるために、もう一日でも生き延びることができるのだろうか(ローマの信徒への手紙 6:2)。それが可能であるのはただ、あなたが、Yahwehがご自分の御子を墓からよみがえらせるために用いられたのと同じ復活の力を授けられているから(エフェソの信徒への手紙 1:18-20)にすぎず、あなたはその力を、実際には主の御心とは切り離された事柄を成し遂げるために用いるという選択をすることもできてしまう。そう、注意しなさい。あなたはその新たに見出した自由を行使し、誤ってその復活の力を、古いあなたを墓からよみがえらせるために用いてしまうこともできるのだ。

肉に従って生きる者は肉のことを思い、霊に従って生きる者は霊のことを思うからである。(ローマの信徒への手紙 8:5)残念ながら、クリスチャンが自分の自由と力を、肉のことに思いを向け、古い性質をよみがえらせ、メシアの思いと相反する思考様式を心にもてあそぶために用いてしまうことは、あまりにもよくあることである。そんなことをしてはならない!霊のことに思いを向けなさい!それゆえ、あなたがたの心の包皮を切り捨て、もはやかたくなであってはならない!(申命記 10:16)

もしあなたが、自分の内で起こったこの霊的な手術を受け入れるなら、あなたの現実は、「わたしの思いの中で戦いを戦ってくださった方は、決して負けることがない」というものになる。そして、Yahwehがあなたの知性の中枢に置かれたものが、あなたの第一の願いとなる。これはまさに思いを砕く、そして今わたしたちは、心をも砕くと言える考えである!あなたがたの新しい地を耕せ。茨の中に種を蒔いてはならない。Yahwehのために自分自身に割礼を施し、あなたがたの心の包皮を取り除きなさい。(エレミヤ書 4:3-4)

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