302日目
語られなかったこと(広い視野)
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「それゆえ、イスラエルのすべての家は、これを確かなこととして知りなさい。あなたがたが杭につけたこのYahshuaを、Yahwehは主人ともメシアともされたのである」。人々はこれを聞いて心を刺され、ペトロと他の使徒たちに言った。「兄弟たちよ、わたしたちはどうすればよいのですか」(使徒言行録 2:36-37)
主人でありメシアであり、支配者でありながら救い主、王でありながら祭司、指導者でありながら僕、獅子でありながら子羊。あなたはどうすればよいのか。あなたは、あなたが召されていることを行う。それだけのことだ。あなたの内におられるメシア、栄光の望み(コロサイの信徒への手紙 1:27)、それがあなたのなる者であり、それがあなたの今すでにある姿なのだ!
あなたはその実を見ることを切望しているだろうか。もしあなたが自分の心(思い)という土地を耕され、種が肥沃な地に植えられることを許してきたなら、あなたはおそらく、雨が近づいてくるのを、その種が裂けて開く(死ぬ)ために、また若木(新しい被造物)が芽生えるために必要な、御霊の豪雨を感じているはずだ。このSuffer Wellデボーションゆえに、そして今、この短いシリーズを締めくくるにあたって一層のこと、あなたの心は刺されているのではないだろうか(使徒言行録 2:37)。主の御言葉がむなしく帰ることは決してあり得ない(イザヤ書 55:11)!全能者の御言葉は生きていて、力があるからである。それはどんな両刃の剣よりも鋭く、魂と霊、関節と骨髄とを切り離すまでに刺し通し、心〔思い〕の思いと考えとを見分けるからである(ヘブライ人への手紙 4:12)。あなたにも確かに、いくつかの問いへと導く「心の思い」があるはずだ。
問い:「もしわたしが『語られなかったこと』の中で示されたパターンに同意し、それに固く従い、Yahwehの御心を求めながら日々それを適用するなら、わたしの召しが明らかにされることを確信できるでしょうか」
答え:まさにそれこそが起こることなのだ!これらのパターンは、まずあなたを試すためのものであることを思い起こしなさい。あなたの信仰の試練は忍耐を生み出すからである。そして忍耐は、あなたが何一つ欠けることなく、成熟した完全な者となるように、Yahwehがあなたの内で意図されたその御業を完成させる。(ヤコブの手紙 1:3-4)火も、熱も、かき混ぜられることも、圧力も、すべてかすが取り除かれた後にあなたの召しを練り清めるために用いられる霊的なエネルギーの源なのだ!
問い:「なぜ現代のキリスト教には、わたしたちに約束されていた力が欠けているのでしょうか」
答え:エフェソの信徒への手紙1:19-20は、わたしたちが、YahwehがYahshuaを墓からよみがえらせるために用いられたのと同じ力を注ぎ込まれたと語っている。それにもかかわらず、わたしたちはなお汚れた器のようにふるまっている。わたしたちはYahwehの「大使」であるふりをしながら、自分自身の霊的な可能性、自分の真の運命と召しさえも理解していないのだ。
問い:「わたしには、『イエス』をただ自分の古い人生の中に受け入れ、まるで、スーパーセラピスト、会社のトラブルシューター、結婚カウンセラーの達人、金運を引き寄せる磁石、宝くじに当たるようにサイコロに吹きかけるお守り、大腸の腫瘍を消してくれる信仰治療師、あるいはキリスト教の導師であるかのように利用するようなことはできないように思えるのですが、それでよいのでしょうか」
答え:それは100パーセント正しい!あなたは、Yahshuaをあなたの古い朽ちた納屋にただ塗りつけることはできない。主は、あなたの錆を覆い隠してくれるラストオリウム®のスプレー缶ではない。もしそれがあなたの望むものなら、主はあなたを「白く塗った墓」(マタイによる福音書 23:27)と呼ばれることだろう。主は、それを覆い隠すためではなく、その古い納屋を取り壊すために来られたのだ。
それとも、あなたがたは知らないのか。メシア・Yahshuaにあってバプテスマを受けたわたしたちはみな、その死にあずかるバプテスマを受けたのだ。ちょうどメシアが父の栄光によって死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた新しい命に歩むために、バプテスマによって死にあずかり、彼と共に葬られたのである。(ローマの信徒への手紙 6:3-4)そう、新しい命、新しい被造物である。古い被造物のより良いバージョンではない。Yahshua・メシアは、あなたの信仰の創始者、完成者となるために杭につけられたのだ(ヘブライ人への手紙 12:2)。主の弟子になりたい者は、自分を捨て、日々自分の杭を負い、そして主に従わなければならない(ルカによる福音書 9:23)。
問い:「自分の真の個人的な召しについて知ることが、わたしと家族が現在この肉体の人生において築き上げてきたすべてを覆すかもしれないと考えると、少し恐ろしくなります。これをどう受け止めればよいでしょうか」
答え:「自分の命を見出す者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者はそれを見出すであろう」(マタイによる福音書 10:39)自分の魂を差し出さなければならないのなら、あらゆる肉的な欲望を満たすことが自由と言えるだろうか。すべてを手にしていながら、なお自分の思いと意志と感情の傷に縛られているのは、自由ではない。「人が全世界をもうけても、自分の魂を損したら、何の得になろうか。あるいは、人はどんな代価を払って自分の魂を買い戻すことができようか」(マタイによる福音書 16:26)
問い:「正直に自分自身を見つめるなら、これらすべてをYahwehに信頼することが難しいと認めざるを得ません。主の御子も、預言者たちも、選ばれた者たちも、まことに目に見えるものによってではなく信仰によって生きた(コリントの信徒への手紙二 5:7)ということが、わたし自身の内には見出せない力のように思えます。どうすればよいでしょうか」
答え:財布も、袋も、履物も持って行くな。(ルカによる福音書 10:4)だから、「何を食べようか」「何を飲もうか」「何を着ようか」と言って思い悩んではならない。それらのものはみな、異邦人が切に求めているものであり、あなたがたの天の父は、それらがみな、あなたがたに必要であることをご存じである。まず、その国と義とを求めなさい。そうすれば、これらのものはみな、添えて与えられるであろう。だから、明日のことを思い悩むな。明日のことは明日みずから思い悩む。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。(マタイによる福音書 6:31-34)
愛する者よ、あなたが弱いとき、あなたは強いのだ!主の力は、あなたの弱さのうちに完全に現れる(コリントの信徒への手紙二 12:9-11)。「わたし自身では何もすることができません」と言い続けなさい(ヨハネによる福音書 5:19, 30)。何があろうと、それを言うことを決してやめてはならない。そうすれば主は、あなたのためにあらかじめ定めておられたすべてを、あなたの内で成し遂げてくださる!
問い:「では、この六日間にわたって示されたすべての鍵の、そのまた大本となる鍵とは何でしょうか」
答え:心を引き締めて、これを祈り、受け取りなさい!「Yahwehよ、あなたを、そしてあなたの御心を、人生の何にも増して愛するために必要な愛を、あなたがわたしにお与えくださると信じます。そしてそれによって、わたしの召し、わたしの目的、わたしの運命が明らかにされます。わたしたちは〔あなた〕にあって生き、動き、存在しているのですから」(使徒言行録 17:28)
愛する者よ、あなたにはそれが見えるだろうか。主がなしてくださったすべてのこと、そしてそれをどのようになしてくださったのか、その強烈な美しさが見えるだろうか。Yahwehよ、わたしたちのためにそれをなしてください、どうかそれをなしてください!しかし、まずYahwehの国とその義とを求めなさい。そうすれば、これらのものはみな、あなたがたに添えて与えられるであろう。
© Suffer Well デボーション・シリーズ