283日目

慰められて

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「ただの言葉の問題」ということは決してない。あなたの口から出るあらゆる言葉は、あなたの心の状態を明らかにする。そしてあなたの心の状態は、完全に聖であるか、そうでないかのどちらかだ。あなたがたを召された方が聖であるように、あなたがたもすべての行いにおいて聖なる者となりなさい。「わたしは聖であるから、あなたがたも聖なる者となりなさい」と書いてあるからである。(ペトロの手紙一 1:15-16)

間違った思いを抱きながら、それでも聖でいられるだろうか。家(思考のあり方)が分裂していながら、それでも一つでいられるだろうか。そう、あなたの家とはあなたの思考のあり方、あなたの存在に満ちる思いのことである。しかしYahshuaは彼らの思いを知り、彼らに言われた。「おおよそ内輪もめする国はすべて荒れ果て、内輪もめする町や家は成り立たない。」(マタイ 12:25)

分裂していない思いを、Yahshua御自身の言葉ほどよく示すものがあるだろうか。「わたしは自分〔自我〕からは何もできない。〔父から〕聞くままに裁く。そして、わたしの裁きは正しい。わたしは自分の意志を求めず、わたしを遣わされた方の御心を求めているからである。」(ヨハネ 5:30)神の御心があなたの意志とならない限り、あなたは分裂した家である。そして今、あなたにはこの現実に対する責任がある。あなたに言い訳の余地はなく、妥協の余地もない。

あなたがこの真理を受け入れるとき、あなたの思いは慰められ、穏やかさがあなたを包み、あなたの信仰は確かなものとなる。

しかし、さらに深く行き、あなたの理解に驚くべき微妙な違いを加えよう。この慰めの経験は、あなた自身の思いの中で起きているのではない。それは実際には、あなたの内にある神の霊、あなたの内にある神の思いを、あなたが感じ取っているのだ。もはやあなたが生きているのではなく、あなたの内に生きておられるメシアなのだ。(ガラテヤの信徒への手紙 2:20)「だれが主の思いを知り、主を教えることができたか。」しかし、わたしたちはメシアの思いを持っている。(コリントの信徒への手紙一 2:16)

神は、その宮の至聖所において語られる。あなたがその宮である。(コリントの信徒への手紙一 3:16-17)そして忘れないでほしい、肉と血(自己)はこの最も聖なる場所に入ることができない。「もし本当に神の霊があなたがたの内に住んでいるなら、あなたがたは肉の内にではなく、霊の内にいる」(ローマの信徒への手紙 8:9)ことを、Yahwehをたたえよう。

もしあなたが怠惰であれば、ここに働いているのはただの言葉の問題だと主張するかもしれない。しかし、そうすることの代償は高くつく。それを退けるのではなく、この祈りをあなたの骨の髄までしみ込ませなさい。

「父よ、わたしのうちにあるあなたの霊は、いつも完全な状態にあり、あらゆる面で満ち足りていて、何一つ欠けていないことを、わたしは知っています。わたしは深く、あなたの霊の働き、そしてあなたがどれほど慰めに満ちておられるかを感じています。感謝します。そして、生きているのはわたしではなく、あなたがわたしのうちに生きておられるのだと、わたしがいつも言い表せますように。わたしの命の歌がこう歌いますように。『わたしは自分の意志を求めず、わたしを遣わされたわたしの父の御心を求めます』と。」

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