26日目

終わりを初めから知る 信仰への旅

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主はすべてを時にかなって美しく造られた。また、人の心に永遠を思う思いを置かれた。それでも、人は全能者が初めから終わりまでなさる御業を見きわめることができない。(コヘレトの言葉 3:11)

わたしは絶えず礼拝し、耐え忍びます。それはすべて、わたしのための主の御心にかかっています。そして、そうです、その未知なるものは神秘的であり、時には圧倒されるようにさえ感じられます。わたしは日々、その過程をもっと信頼することを学びつつあり、その事実によって慰められています。

Yahwehはこのすべての真実をご存じだと、あなたも分かっていますね。主は初めから終わりを、また昔から、まだなされていないことを告げて言われました。「わたしの計画は成り、わたしはわたしの望むすべてのことを行う」(イザヤ書 46:10)。

「見よ、炭火を吹き起こし、その仕事にふさわしい武器を鍛え出す鍛冶を造ったのは、わたしである。また、破壊をもたらす者を造ったのも、わたしである。あなたに対して作られたどんな武器も役に立たず、あなたを訴えるどんな舌をも、あなたは論破するであろう。これがYahwehの僕たちの受け継ぐものであり、これがわたしによる彼らの正しさの証しである」とYahwehは言われる。(イザヤ書 54:16-17)

今わたしをこれほど深く傷つけている武器が、主の御手によって形作られたという現実に、わたしは慰めを見いだしています。その意図は癒やすことにあります。それなのに、それは喪失を通して、まことに深くそうするのです。わたしの経験によって、主に目を注ぐとはどういうことかを、わたしは知るようになりました。主権者なるYahwehがわたしを助けてくださるので、わたしは恥を受けません。それゆえ、わたしは自分の顔を火打ち石のように堅くしました。そして、わたしは辱められることがないと知っています(イザヤ書 50:7)。

そうです、まことに、わたしは自分の顔を火打ち石のように堅くし、善く苦しむことを決意します。わたしの命、わたしの真の命、わたしの霊の命は、その苦しみの中に見いだされるからです。

わたしを害する者たちを祝福し、その過程でYahwehを賛美することは、御国に生きる上での有効な鍵です。そうです、他者を祝福すること、痛みの中で礼拝すること。それこそ主が求めておられることだと、わたしは確信しています。しかし、わたしはあなたがたに言います。あなたの敵を愛し、あなたを呪う者を祝福し、あなたを憎む者に善を行い、あなたを侮辱し迫害する者のために祈りなさい。(マタイによる福音書 5:44)

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