222日目

どうすれば分かるのでしょうか

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「アバ?」はい、わが子よ?「義がわたしの内に根を下ろしたことは、どうすれば分かるのでしょうか」。

あなたは今日、心地よく、また人を建て上げる言葉を語りましたか(エフェソ 4:29)。「はい、父よ」。あなたは、かつてあなたを動かしたであろう、あなたを買収する思いや欺きから離れましたか(出エジプト記 23:8)。「はい、父よ」。あなたは、自分の信念を妥協することから生じる利益を拒み続けましたか(箴言 16:8)。「はい、父よ」。

あなたは、中傷に対して口を閉ざし、うわさ話に対して耳を閉ざしましたか(箴言 20:19)。「はい、父よ」。あなたは、あなたの目が悪しきものを見ることから離れるようにと契約を結びましたか(ハバクク書 1:13)。「はい、父よ」。あなたは、わたしだけがあなたの魂を満たすということを自分自身に思い起こさせましたか(ヨハネ 6:35)。「はい、父よ」。

もしあなたが本当にこれらのことをしたのであれば、義があなたの内に根を下ろしたという証拠があります。あなたは必ず高い安全な所に住み、近づき難い岩の砦をとりでとするでしょう。あなたの食物は備えられ、あなたの水は確かなものとなるでしょう。これらは、わたしがわたしの義なる者たちのために用意しているものです(マタイによる福音書 6:33)。

今日、わたしの義を強く求めるあなたの願いを思い起こし、たとえ死に至るまでも、力の限りそれを保ち続けなさい。あなたがこの一つのことさえ行うなら、わたしは残りのすべてを行いましょう。

愛する読者の皆さんへ。義を求めるあなたがたの歩みの中で、最も大切なことはYahwehを知ること(親密な、聖書的な意味での知ることです)だということを思い起こしていただきたいのです。主を近づける義とは、あなたの内にあるメシアYahshuaのいのちを通してのみ達成される義です(ガラテヤの信徒への手紙 2:20)。それは決してあなた自身の義ではなく、これからもそうなることはありません(ローマの信徒への手紙 10:1-4、フィリピの信徒への手紙 3:9)。むしろそれは、あなたに転嫁された義です(ローマの信徒への手紙 3:21-22)。それは贈り物なのです、愛する者よ。

もちろん、サウロがわたしたちに教えてくれたように、あなたが達成する責任のある義の種類もあります。「それゆえ、わが愛する者よ、あなたがたはいつも従順であったように、わたしがそこにいるときだけでなく、むしろ今わたしが不在であるときにこそなおいっそう、恐れとおののきをもって自分自身の救い〔精神的な健やかさ〕を達成しなさい」(フィリピの信徒への手紙 2:12)。あなたの義(転嫁されていない種類の義)は、従順の義です。しかし、この義はYahwehとの親密さを生み出すことも、主をあなたに近づけることもありません。それは、主の御子のいのちを通してYahwehと築かれた親密さの副産物なのです。

言い換えれば、あなたが贖われるのは善い行いによるのではありません、まるで「自己」が何か善いことを成し遂げられるかのように。むしろ、あなたは善い行いのために贖われるのであり、それは御霊のみによって促され、力を与えられる行いです(エフェソの信徒への手紙 2:8-10)。

「つまり、今日わたしを主のもとに近づけ、それゆえわたしのすべての願いを満たしてくださるまさにそのものこそ、主が御子を通してわたしに贈ってくださった義だとおっしゃるのですね」。まさにそれこそ、わたしたちがあなたに認めてほしいことなのです。

そしてこのことを思い巡らすとき、決して内なる問題についての自分自身の検証だけで満足してはなりません。決して自分自身の理解に頼ってはなりません(箴言 3:5)。内にある真理を探し求めなさい。これを昼も夜も思い巡らしなさい(詩編 1:2)。そしてそれが主の真理であると確信できるよう、それを求めて叫びなさい。その後、主の静かな細い声に耳を傾けなさい!

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