202日目

思いの負荷 2

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使者たち。公の使命のために遣わされる者たち。Yahweh御自身の公の使者、あるいは「使信」。堕落(従うのではなく、自分で選べるという考え)のゆえに、使信さえも、内なる天の国を通して(麦のようにふるい分けられて)濾過される必要がある。これには、自我そのもののあらゆる誘惑を捨てることが求められる。

前回わたしたちは、真の使者に必要な謙遜について語った。ある使者は、愛する者よ、あなたに直接語りかける。「彼らはみな、救いを受け継ぐことになる者たちのために仕える、〔肉ではなく〕仕える霊ではないか」(ヘブライ人への手紙 1:14)。

彼らはあなたの思いにささやきかけ、それによって、あなたがそれまで一度も考えたことのなかったことを行おうとする確信を、たちどころに生じさせることがある。マラキム〔誤って「天使」と呼ばれる者たち〕について、彼はこう言われる。「彼〔マラキ〕を霊とし、彼の仕える者たちを火の炎〔確信〕とされる方」(ヘブライ人への手紙 1:7)。

これらの超自然的な植え付けは、Yahwehから直接、贖われた者たちの良心へ、そして裁きのもとにある者たちの良心へと届けられる。それらは、それぞれの具体的な瞬間において、Yahwehのマラクである。ヘブライ語のマラク(mal-awk')という語は、使者を派遣することを意味する。創世記からマラキ書に至るまで、この語の用法は、贖われた者にせよ裁かれた者にせよ、人の良心の中に植え付けられた「送られた使信」として理解されている。

肉的な領域でしか見(知覚し)ようとしないあなたの傾向は、あなたを脆弱にする。使信は、あなたが肉体的な形や姿をまとわせなければならない存在、たとえ霊的な存在であっても、そうした存在によって届けられなければならないと信じ込みやすくしてしまうのだ。

ヘブライ語聖書は、マラクが特定の「形」を持つとは決して語っていない。それに加えて、ヘブライ語には「天使」と訳されるような語は存在しない。「アンゲロス」という語が現れるのは、ギリシャ時代になってからのことだ。そしてその時になってようやく、マラクが常に「使者」を意味するとは限らず、「使信」を意味するという定義の真の意図が、より正しく理解されるようになった。

その後、個人あるいは集団への送られた使信は、人の思いの知覚のためというよりも、人の目を満足させるために、常に肉体的な形を取るようになったかのように見える。愛する者よ、それは霊性よりも肉性を選んだということだったのだ。

このまさに今あなたに届けられている使信(マラク)は、「天使的な」存在からではなく、Yahweh御自身から届けられている。彼はこれを、あなたの内にある種を植える過程を通して行われる。それは常にマラキムを通して表される。たとえば、マラク「ミカエル」は、あなたのYahwehについての知恵を高めるために、あなたの内に置かれたものである。それはあなたに「誰がYahwehのようであろうか」と叫ばせる。それこそが、ミカエルという名の意味そのものである。

あなたが贖いを自覚して以来経験してきた訪れを正しく理解することを通して、あなたはYahwehが驚くべき内的な過程を通してあなたを訪れてくださった、多くの出来事を感謝できるようになる。

あなたがたのうちどれほどの人が、正直に告白できるだろうか。自分が目撃する最大の奇跡のいくつかには、何か外部の源からの訪れが伴うはずだと信じ込まされてきたのに、それがほとんど起こることがないため、自分が造り主とともに正しい場所にいるのかどうか、思い悩むようになってしまったことを。

それは罠だ、愛する者よ。Yahwehの権威を否定し、あなたに異教の儀式を信じさせようとする者たちによって、故意に仕掛けられた罠だ。しかしもう十分だ。あなたの価値を宣言する権利を持つ唯一の方の真理に従うにふさわしい者であることを示しなさい。

今のところ、あなたは自分自身のために、そしておそらく他の人々のためにも、使信を受け取っており、それらの使信はより大きな支配を持っている。あなたは彼らよりも少し低い者とされた(ヘブライ人への手紙 2:7)。しかし、いつの日か、あなたはこれらの使信を支配する者となる。あなたは彼らが一つであるように一つとなる。そしてそのとき、あなたは使信そのものとなるのだ。

あなたはすでに、この過程そのものを認めたことがなかっただろうか。御言葉は肉となる。言い換えれば、Yahwehのすべての命令の充満が、肉体の中に現れるのだ。さあ、今度はあなたの番だ。「それゆえ、行きなさい……」(マタイによる福音書 28:19-20)。

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