192日目

近くにとどまりなさい

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イスラエルの子らは、モーセの顔の肌が輝いているのを見るたびに、モーセがYahwehと語るために入って行くまで、再び顔に覆いをかけた(出エジプト記 34:35)。

わたしの物理的な臨在は、あなたにとって耐え難いものになり得ると告げなかっただろうか。ほんの少しわたしを分け与えられただけで、モーセは民から顔を覆わなければならなかった(出エジプト記 34:29-35)。彼の顔の肌は輝き、彼らは彼に近づくことを恐れた(30節)。

わたしはあなたに、そしてあなたを通してわたし自身を現す多くの方法を持っている。しかしそのためには、あなたの全き注意が必要だ。わたしは忍耐強く、あなたを愛しているがゆえに、常にあなたのためにここにいる。しかし問題は、ただ「やり過ごす」ことに費やされているあなたの時間の量だ。そう、わたしは御国の民を創造したが、あなたはしばしば自分がどの御国から来たのかを悟れずにいる。わが子よ、あなたにあなたのアイデンティティを悟らせることに、わたしたちの共に過ごす時間の多くが費やされている。

メシアにあって、覆いは取り去られた(コリントの信徒への手紙二 3:14)。それならば、わたしの言うすべて、わたしの思いのパターン(律法)を信じないことこそが、あなたの唯一の戦いなのではないか。あなたをわたしが告げるすべてを完全に信じる場所にまで導くのに要する労力の大きさに、わたしはいつも驚かされている。

もしわたしが、すべてのことを「益」となるように働かせると言うなら(ローマの信徒への手紙 8:28)、真に悪いものなどあり得るだろうか。もしわたしが、あなたの内で始めたわざを完成させると告げるなら(ヘブライ人への手紙 12:2)、あなたは完全になるだろう。もしわたしが、あなたのすべての敵はわたしが対処すべきものだと告げるなら、あなたに敵などいることが果たして可能だろうか。

わたしは「わたしはある」と言う者である。わが子を通して、わたしの霊をあなたの内に置いたからこそ、それはあなたの内に住んでいる。しばし静まって考えなさい。わたしはあなたの罪にわが子を殺させた。それは、あなたがわたしを愛し、わたしの臨在の満ち満ちた中に生きることができるようになるためだけのことだった。

あなたがたの多くは、毎日わたしを慕い求めて叫んでいるが、わたしがすでに「わたしはここにいる」(イザヤ書 58:9)、「わたしはあなたと共にいる」、「わたしは決してあなたを見捨てない」(ヘブライ人への手紙 13:5)と告げたことを忘れている。

わたしの霊をあなたの内に置いた以上、わたしはこれ以上あなたに近づくことはできない。あなたがわたしの内での自分の姿を認めることこそが必要なのだ。わたしの誉れの器たちが自らをわたしに開き、わたしがあなたの内で増し加わり、地を変革することができるようになることを、わたしは願っている。そう、もちろんそれはわたしの栄光のためだ。あなたにとって、わたしはそれだけの価値がある者だろうか。

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