19日目
壊れた水溜め
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「わたしの民は二つの罪〔悪〕を犯した。彼らはわたし、命の水の泉を捨て、自分たちで水溜めを掘った。水を溜めることのできない、壊れた水溜めを」。(エレミヤ書 2:13)あなたを救うために背きを指摘するのは、このわたしではないでしょうか。あなたが悔い改めてわたしのもとに立ち返るために、わたしの子を遣わしたのは、このわたしではないでしょうか。世の美味なるものに軽々しく絡め取られる前に、このことを考えなさい。
わたしの子は、わたしの願いを現し、御自分に民を贖い出すために遣わされました。これは、わたしの力の顕現によってのみ、なし得ることでした(エフェソの信徒への手紙 1:19-20)。そして、あなたが、禁じられた木、すなわち「自由意志」への肉的な願望から絶えず食べようとする、不従順な選択を克服できるのも、ただその力によるのです。
止まりなさい。聞きなさい。考えなさい。思い出しなさい。あなたをわたしのもとに引き寄せているのは、わたしです(ヨハネによる福音書 12:32)。あなたを選んだのは、わたしです(ヨハネによる福音書 15:16)。
あなたは本当に、自分で自分の水溜めを満たして満足できると思うほど、思いが鈍っているのですか。あなたが切望する豊かさ、あなたの魂の願いを真に満たすものは、決して「自分」から生み出されることはありません。わたしの御心に沿わないものは、最終的にわたしがすべて取り壊すのではないでしょうか。それどころか、わたしが満たす器には、漏れも欠乏もなく、わたしが自由に与えるもの以上を求めることもありません。
愛する者よ、わたしは汚れた器の中に住むことはできません。わたしから離れれば、あなたに残るのは干からびた骨(エゼキエル書 37:1-14)、白く塗った墓にすぎません(マタイによる福音書 23:37)。わたしがあなたを見いだしたあの日、あなたはなんと喜んだことでしょう。今、あなたはあらゆる思いと行いの代価を数えなければなりません(ルカによる福音書 14:25-33)。これが、わたしがわたしの子どもたちに求めることです。
わたしはきょう、天と地をあなたに対する証人として呼び出す。わたしはあなたの前に、命と死、祝福と呪いを置いた。それゆえ、命を選びなさい。あなたも、あなたの子孫も生きるために。(申命記 30:19)
自分で自分の水溜めを満たそうとするのをやめなさい。それらは決して命の水を溜めることができません。代わりに、命を選びなさい。
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