157日目

愛の属性(3)

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「愛はねたまない!」(コリントの信徒への手紙一 13:4)愛はねたまず、それゆえにYahwehはねたまない方です!

ここでわたしたちは、聖なる言語、すなわちヘブライ語から用語を定義することがどれほど大切かを見ます。ねたむということばには複数の定義があり、ヘブライ語にはねたみを表す複数の異なることばがあります。Yahwehはもちろん、ご自分の民に対して熱心である、と言われます。この熱心さの理解は、Yahwehがご自分の贖われた子らとみなす者たちへの、燃えるような望み、聖なる望みを表すことを意図しています。

Yahwehが存在する唯一の力の源であり、わたしたちが信頼すべきはこの力のみであるゆえに、わたしたちは今、コリントの信徒への手紙一 13:4で語られているねたみの否定的な側面を表現することができます。彼から出ないねたみは、人間的な嫉妬、すなわち堕落した人間の自我の思いの状態として表れます。

「もしYahwehがわたしのすべてであるなら、他に何を必要とするだろうか」と。わたしたちは彼にあって生き、動き、存在しているのだから(使徒言行録 17:28)。この視点は、以前ならこの愛の第三の属性に失敗させたであろう、あらゆる肉的な根を取り除きます。「もしわたしに否定的なねたみがあり、それでいて愛していると主張するなら、わたしは『自己』に欺かれている!」これもまた、残された者の中の残された者の思考です。

愛する者よ、あなたは愛していると主張しながら、なお肉的なねたみを持つことはできません。真に癒やされ得るのは、自分の病を認める者だけです!(マルコによる福音書 2:17)

わたしはあなたがたに新しい戒めを与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。もしあなたがたの間に愛があるならば〔互いに愛を示し続けるならば〕、それによってすべての人は、あなたがたがわたしの弟子であることを知るようになる。(ヨハネによる福音書 13:34-35)

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