96日目

わたしの選りすぐりの群れ

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あの苦しんでいる者、彼はわたしのものだ。あの泣いている者、彼はわたしのものだ。あの拒絶された者、彼はわたしのものだ。あの怯えている者、彼はわたしのものだ。

わたしはあなたに言わなかっただろうか。「医者を必要とするのは健康な者ではなく、病気の者である。」(ルカによる福音書 5:31)

わたしは生まれ持った能力には関心がない。わたしが焦点を当てているのは心(知性、思いの中心)であり、霊的変容の問題である。愚かさ(自我に駆られた思い)から知恵(義に駆られた思い)への変容こそが、わたしに栄光をもたらすのだ。「病んで」わたしのもとに来る者たちは完璧にふさわしい。病んでいる者でなければ、誰が来るというのか。

あなたの英雄たちはわたしにとって何ものでもない。あなたの有名な者たちもまた、わたしを感心させない。あなたの賢い者たち、彼らはみな真の知恵を欠いている。わたしは、自然な状態にあるわたしの塵には感心しない。砕かれ、へりくだった霊こそがわたしを喜ばせるのだ(イザヤ書 66:2)。

古い創造から新しい創造へ、それがわたしの好む変容の企てである。わたしの偉大さの特質は、謙遜、平安、知恵、そして霊における喜びであり、人が評価するものとは違う。堕落した人はむしろ、金銭、地位、他人からの賞賛を祝いたがる。

もしこれらの言葉があなたを悩ませるなら、あなたはおそらく食い尽くされる危険にある。そうだ、もしあなたが群れを離れるなら、わたしはあなたを見守ることができない。狼と獅子があなたを待っており、彼らはあなたの味を知っている。あなたがしばらくの間、彼らを養ってきたからだ。わたしの群れは自分の羊飼いを知っている。わたしの群れは決してわたしの世話を離れない。彼らはわたしの世話を離れることを恐れるだろう。

わたしが見るようにものごとを見なさい。わたしの知恵を理解しなさい。世的な価値観ではなく、わたしの義を求めなさい。わたしはわたしが承認するものしか祝福できない。わたしはあなたの肉的な欲望に対抗する。屈服しなさい。どんな代価を払ってでもわたしに服しなさい。

あなたには、わたしがあなたのために計画していることを到底知覚できないだろう。それはあなたが求めうる、あるいは思い描きうるものよりも大きいのだ。もしあなたが、わたしがあなたのために備えた食卓からひとかけらでも味わうなら、あなたはわたしと共に食事をし、二度と豚の飼い葉桶から食べることはないだろう。

そこで彼は行って、その国の一人の住民に身を寄せた。その人は彼を畑にやって豚を飼わせた。彼は豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいと思うほどであったが、誰も彼に与えなかった。しかし彼は我に返って言った。「父のところには食物の有り余っている雇い人が大勢いるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。」(ルカによる福音書 15:15-17)

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