70日目
苦しみは罪を取り除く
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死の陰の谷(詩編23編)を造ったのは誰か。死そのものという概念を造ったのは誰か。誘惑するために悪しき者を造ったのは誰か。肉体的、感情的な試練を造ったのは誰か。わたしの被造物であるあなたが、あえてわたしの功績を盗み、それをほかの者に帰そうとするのか。わたしは、わたしが造ったすべてを所有している。それには苦しみも含まれる。それはわたしのものであり、あなたはそれについて、またそれから学ぶ必要がある。
わたしを愛すると公言するあなたがた皆、心構えをしなさい。あなたがたの苦しみは、直接的にであれ間接的にであれ、罪から生み出されている。これを聞きなさい!苦しみは罪を取り除く。それはそのために設計されている。ある者たちは罪を犯し続けながら、苦しみに固執する。心を落ち着けなさい。あなたがたに疑問があることをわたしは知っている。またわたしのやり方についての誤解があることも知っている。わたしのやり方はあなたがたのものよりも高い(イザヤ書 55:9)。
もう一度言うから、聞きなさい。直接的にであれ間接的にであれ、罪は苦しみをもたらす。そして、さらに受け入れがたいのは、わたしの完全な子が、あなたがたの罪のために苦しんだということだ!これは、一人が他者の行いのゆえに苦しみうることを証明している。
例えば、これが結婚においてどう現れるかを考えなさい。もちろん、あなたの罪はほかの人々に影響を及ぼす。それは体についても、わたしの民イスラエルについても同じだ。そうだ、自分個人の罪が多くの者に影響を及ぼすと考えるのは大きな責任だとわかっている。しかし、あなたはそれを受け入れたほうがよい。それはわたしの現実であり、変わることはない。
このことについて、わたしに逆らってはならない!わたしの子が罪なきままでいながら、罪のゆえに苦しんだのなら、まして、あなたはどれほどだろうか。苦しみを心の中で断罪として捉えてはならない。むしろ聖別として考えなさい。苦しみは清める。
ヘブライ人への手紙 2:10にあるわたしの御霊の言葉を読みなさい。「なぜなら、万物の目的であり、万物の源であられる方が、多くの子たちを栄光に導くにあたり、彼らの救いの創始者を、苦しみを通して全うされるのはふさわしいことだったからである。」そうだ、あなたを苦しみに導き入れ、あなたの内にある悪を取り除くことは、わたしの喜びである。
わたしの目には、あなたはすでに雪のように白い(イザヤ書 1:18)。しかし、あなたは今なお自分の罪を意識している。清められる必要があるのは、あなたの思いだ。あなたは動じることなく、こう言えるようにならなければならない。「わたしがメシアに倣うように、あなたがたもわたしに倣いなさい!」(コリントの信徒への手紙一 11:1)。苦しみは確かに、これを実現させる助けとなるだろう。
わたしのやり方、わたしが働く型、そしてわたしが御目的にしたがって召された者たちの「益」のために常に働くこと(ローマの信徒への手紙 8:28)を、あなたが愛していると告げなさい。苦しみがわたしの善に至る道であることを、あなたは覚えていられるだろうか。それは実を結ぶ貴重な道具だ。わたしの型を受け入れなさい。それは本当に、あなたの益のためなのだ。
© Suffer Well デボーション・シリーズ