297日目
語られなかったこと(その一)
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あなたの人生における啓示的な召しの扉を開く時が来た。それは超自然的な賜物である。しかし、あなたの狭い道を細かく調整するためには、まず広い視野を持たなければならない。まず何よりも思い起こすべき大切なことは、Yahwehの命令の全体が普遍的に適用されるということである。言い換えれば、命令は個人的な解釈に委ねられるものではなく、体全体(集められた思い)が従うべきものである。なぜなら律法はYahwehの優れた御心を表しているからである(ローマの信徒への手紙 2:17-18)。
ひとたびそれに一致したなら、次は個人的なことに目を向ける番である。「命令はわたしの召しについて具体的なことを何も語ってくれない。では、わたしは体のどの部分なのか。それをどうやって知ればよいのか」。これは、聖書のパターンを認識していない者、天の国への鍵のいくつかを見落としている者たちが共通して直面する当惑である。この見落とされた鍵を「語られなかったこと」と呼ぶことにしよう。それらは、あなた自身のきわめて個人的な召しへの扉を開く。聖書的に言えば、それを背景の物語と呼んでもよいかもしれない。
これを、よく知られた聖書の物語を要約することで示してみよう。中心人物はダビデ、Yahwehの御心にかなう人である。この物語はサムエル記下7章、すなわちYahwehのために杉の木で神殿を建てたいという彼のビジョンの中に見出される。それは無数の暗示と教訓に満ちた詳細な物語だが、わたしたちの目的のためにここでは的を絞ることにする。
ダビデは、契約の箱を置いている天幕への不満と、それに続いて箱を「杉の家」に置きたいという願いを表明する。ここで思い出してほしいのは、箱をエルサレムの自分の宮殿の庭にある天幕に置いたのは、ギベオンに今なお立っていたモーセの建てた幕屋に戻す代わりに、ダビデ自身が選んだことだったということである。これは、何かが根本的に間違っているか、あるいはダビデがわたしたちの知らない何かを知っているかのどちらかであるという最初の手がかりとなるはずである。そして、それこそがあなたに認識してほしい鍵(パターン)なのだ。
Yahwehが、箱を幕の天幕から杉の家へと移すことがご自分のご計画であると人に語られたという記録は、どこにも見当たらない。それでも、Yahwehのお答えから、それがまさに主がダビデに捉えてほしいと望んでおられたビジョンそのものであったことがわかる。そして主は、ダビデとその子孫を、その忠実さのゆえに祝福された。わたしたちが目にしないのは、そのすべての求め、探し、たたく行為(ルカによる福音書 11:9-10)であり、手放すまいとするすべての霊的な粘り強さ(創世記 32:26)であり、また、Yahwehの御心を見分け、主がダビデのために抱いておられたビジョンを見出し、主の国を前進させるためにダビデが払った霊的な激しさ(マタイによる福音書 11:12)である。彼はまさに、Yahwehの御心にかなう人だったのだ。そして、これこそが主があなたのために備えておられるものにほかならない。すなわち、あなたが求め続けるべきビジョン、主の国を建て上げるあなたの貢献として、あなたのためにあらかじめ定められたビジョンである(ローマの信徒への手紙 8:28-29)。
これから四日間にわたって、わたしたちは、地上のあらゆる喜びの中で最も大いなるもの、すなわちあなたの創造者をより深く知り、なぜあなたが主のために存在しているのかを発見することへと導く、具体的なパターンを明らかにしていく。1. 父が、あなたを個人的に導くために「怒りの器」を超自然的に用いられること。2. アダム、アブラハム、イサク、イスラエル、ケファ(ペトロ)、サウロ、あるいはYahshuaご自身のような人々の、言葉だけでなくその生涯に単純に目を向けること。3. あなたのための個人的な知恵(洞察、啓示)。4. あなた個人のための個別的な導き。
これらを一つずつ取り上げ、あなたは主があなたのためにあらかじめ定めておられた目的へと踏み出していくことになる。今日のところは、あなたの心(知性の中枢)という土地を耕す(受け入れる能力を精神的に整える)(ホセア書 10:12、エレミヤ書 4:3-4)ようお願いしたい。そして、あなたを引き止めてきたあらゆる肉的な視点を、Yahwehが今この時に明らかにし、打ち破ってくださるよう祈ってほしい。聞こうとする思い、聴き取ろうとする思いを持って来てほしい。今日、土地を耕し、主の愛の種をあなたの意識の奥深くに植える準備を整えなさい。さあ、愛する者よ、最も高い高みへと上っていこう(メシアの思いへと)。
© Suffer Well デボーション・シリーズ