267日目

巧匠の技

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沈黙の内にYahwehを待ち望むこと。「大いなる勇気を持ちなさい!Yahwehを待ち望め。そうすれば主はあなたの心(思い)を強めてくださる!わたしは言う、Yahwehを待ち望め!」(詩編 27:14)

この巧みな技、すなわち「待つこと」を理解するために、Yahwehが「待て」と言われたとき何を意図しておられたのか、そのヘブライ的な語源を探るのが賢明ではないでしょうか。その意味をこう思い描いてください。「結ぶ」こと、「よじる」こと、「集める」こと。これらが本来意図された像であり、その本質はもちろん霊的なものです。

あなたがたの多くは、この教えは自分が欲しいものを待つことだと思っていたかもしれませんが、実は、あなたが欲しいものが物理的に現れることは重要な部分ではありません。愛する者よ、これは意識の問題であり、待つこととは、光を受け取り、それによって闇(自我)の断片が少しずつ消え去っていくことと、すべて関わっているのです。「御子」を受け取ることは、雲一つない日にビーチで「太陽」を浴びるようなものですが、「御子の光線」は、あなたの永遠の思いにとってはるかに価値のあるものです。

霊的な「御子焼け」を得るには、練習が必要です。あなたがどれほどこの技を磨いてきたかは、静かな場所に行き、主の前に静かに座ることで測ることができます。思いを空にして、どれくらいの間それを続けられるか見てみなさい。あなたが絶対的な静寂の中に座っていられる時間があまりに短いことに、きっと驚くでしょう。わたしたちが言っているのは、思いの中に何一つ流れないほどの完全な静寂のことです。主の栄光にただ浸り、主の御心のままに喜ぶのではなく、あなたがどれほど早く願いや嘆願をしたくなるかにも、きっと驚くでしょう。

あなたはまだ、沈黙の内に待つことが、二本の結束バンドのように主の霊とあなたの魂を結び合わせるということを、学んでいません。それは、太陽の光線があなたの肌に染み込むように、主の本質があなたの全存在の内に集められることなのです。

主の臨在の巧匠となることを学びなさい。静かに座り、必要であれば、ただ主の御名を繰り返し唱えなさい。息を吸うときに「ヤー」と、息を吐くときに「ウェー」と、ささやきなさい。そして、思いが澄んでいくにつれ、ただ静かにこう思いなさい。「Yahweh、Yahweh、Yahweh、Yahweh……。」

© Suffer Well デボーション・シリーズ