190日目

服従させられて

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被造物は虚無に服させられましたが、それは自らの意志によるものではなく、それを服させた方によるものであり、それは、被造物自身もまた、滅びの束縛から解放されて、力ある方の子たちの栄光ある自由にあずかるようになるためです(ローマの信徒への手紙 8:20-21)。

被造物があなたとは関係なく虚無に服させられたと思うか。あなたに責任はないのか。むしろその逆で、それはあなたのゆえだったのだ。あなたは自分の虚無に縛られてはいるが、それでも言い訳の余地はない。あなたの堕落がすべてのものの堕落を引き起こしたのだ。だからこそ、「すべての被造物は、力ある方の子らが現れることを切に待ち望んでいる」のだ(ローマの信徒への手紙 8:19)。

わが子がいなければ、あなたは自分自身の選択に縛られている。言い換えれば、あなたは特定の選択をするように縛られており、どんな選択でも自由にできるわけではない。だからこそわが子は、あなたが選ぼうとすることそのものを止める贈り物として来られたのだ。わたしの息子娘として、あなたの自由は選択を持たないことから来る。真の自由とは、わたしに従うより他に選択がないことだ。この概念は、あなたがたの全能の父であるわたしの前にひざまずくとき、あなたがた一人ひとりを刺し貫き、へりくだらせるはずだ。

わたしが痛み、苦しみ、損失をもたらすとき、それはわたしの民を自由にするためだ。それゆえ、どんな境遇にあっても喜びなさい。あなたの肉と同じように、わたしを離れたあなたの選択は、時とともに朽ちていく。今あなたにとってあれほどすばらしく見えるものは、ただ死へと導いているにすぎない。

わたしがあなたに、わが子があなたの模範であると告げたとき、それが「あなた」が取り除かれなければならないことを意味すると理解しなかったのか。わが子があなたの内に形づくられるためには、あなたのどれほどが取り除かれなければならないのか(ガラテヤの信徒への手紙 4:19)。彼が大きくなるために、あなたはどれほど小さくならなければならないのか(ヨハネによる福音書 3:30)。わたしがもたらす苦しみは、枝が実を結ぶまでしか続かない。初穂が聖ければ、そのかたまりも聖い。根が聖ければ、枝も聖いのだ(ローマの信徒への手紙 11:16)。

あなたは自然には義に至る道を選ばないだろう。しかしわたしは、あなたが協力しようとしまいと、あなたの内でわたしのわざを完成させる(フィリピの信徒への手紙 1:6)。わたしがわが子に約束したのは完全な花嫁であり、彼は完全な花嫁を持つことになる。

わたしの道と思いはあなたのものより高い(イザヤ書 55:9)。それなのにあなたは、わたしがあなたの内でしていることをすべて理解しなければならないかのようにふるまう。そう、わたしは全能者であり、すべての良いものはわたしから来る。あなたを苛立たせる部分でさえ、あなたの人生に対するわたしの計画の完全な一部であると理解することが、あなたにとってそれほど難しいことだろうか。愛する者よ、わたしたちはこれまでもここに来たことがあり、わが子の栄光があなたの内で完成されるまで、わたしたちは何度でもここに戻って来る。

わたしはあなたに真実を告げた。苦しみが始まる間も、わたしは喜びを期待している。信仰こそがわたしを喜ばせるものであり、あなたの葛藤の最中でさえ、あなたの思い(個人的な感情)を献げるために求められるのも信仰だ。あなたの献げ物はこのように語る。「わたしの苦しみはわたし自身の責任だ。なぜならわたしはただ自己の欲望のゆえに苦しんでいるのだから。わたしはYahwehにすべてを負っている。彼はふさわしく、わたしの境遇がどうであれ、その賛美を受けるだろう」。

再び言う、愛する者よ、信仰がなければあなたはわたしを喜ばせることはできない(ヘブライ人への手紙 11:6)。

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