170日目
愛の属性(16)
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「愛は決して絶えない!」(コリントの信徒への手紙一 13:7)愛は決して絶えず、それゆえにYahwehは決して絶えることのない方です!
愛のこの最後の柱は、他のすべての柱がそこに寄りかかるものです。ヘブライ的な数え方では、十六(一と六)は七であり、七は「完成」を意味します。愛の真実で完全な本質、唯一の愛とは、それが決して絶えないということです。
そして今、あるいは改めて、と言うべきでしょうか、わたしたちは問題の核心に直面します。それは一つの単純な問いに要約できます。「あなたは誰かに愛していると言いながら、愛の十六の属性のうちどれか一つにでも失敗したことがありますか。」十六番目の属性そのものが失敗の余地を残していないので、この問いへの答えはすべての人にとって明白になります。
わたしたちは、愛は失敗しうるものだと他者に教えます。なぜなら、わたしたちは彼らを愛していると公言しながら、同時に彼らに対して失敗しているからです。この重大さをつかむことがどうしても必要なので、繰り返します。わたしたちは、愛は失敗しうるものだと他者に教えます。なぜなら、わたしたちは彼らを愛していると公言しながら、同時に彼らに対して失敗しているからです。
わたしたちのこの致命的な誤りの結果として、わたしたちはみな、愛とは何かについて沈み込んだ思考をもって成熟してしまい、その壊れた思いを、真に愛したただ一つの方との関係の中にそのまま持ち込んでしまいます。わたしたち全員がYahwehを信頼することにこれほど苦労するのが、そんなに理解しにくいことでしょうか。わたしたちは自分の人生(意識的な自覚)を、偶像礼拝的な壊れた「愛」の基準こそが本物だと信じて過ごし、結局あらゆる次元で愛に失敗してきました。そしてこの愛はいつもどこかで満たされないものだったので、わたしたちの潜在意識と意識にあらかじめ植えつけられた思いは、Yahwehの愛もまたわたしたちを裏切るだろう、というものです。これは必然的に「御方の愛も、これまでわたしたちが愛と呼んできたほかのすべてのもの、すなわち過去にわたしたちを裏切ってきたすべてのものと、何も変わらないだろう」という結論に至ります。
わたしたちは、決して絶えることのない愛を持ったこともなければ、知ったこともありません。ですから、それを知覚することはわたしたちのはるか及ばないところにあります。それを近づけるためには、わたしたちは御方の愛を長年にわたって汚してきたことに正面から向き合わなければなりません。
「父よ、あなたが創造された愛の真理を奪い取り、それを自分自身の愛の基準に合わせようとしたことをお赦しください。わたしは、自分が本当に愛したことがなく、あなたの完全な愛を受け取ることも学んでこなかったことを告白します。まず父よ、あなたを愛し、それから他者を愛することができるように、真に愛する者となることを学ぶ助けをしてくださいますか。」
これは、あなた自身の愛のイメージを御方の愛のイメージへと変えていく祈りです。この悔い改めの祈りが、あなたの新たにされていく良心に深く受け入れられるとき、それは命の木から燃える剣を取り除き、Yahwehの子らのために常に意図されていた豊かな命への道を、再びあなたに与えるでしょう!
あなたは御方の子です。あなたの理解をはるかに超えて御方が愛される、その子です。そして御方はもうすぐ来られます!もしそれまでに愛を経験していないなら、あなたはそれを経験することになります。しかしこの戒めに心を留めてください。あなたが自分の人生を振り返るとき、真の愛の内に生きなかったすべての瞬間を、あなたは無駄にしたものと考えることになるでしょう!
わたしはあなたがたに新しい戒めを与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。もしあなたがたの間に愛があるならば〔互いに愛を示し続けるならば〕、それによってすべての人は、あなたがたがわたしの弟子であることを知るようになる。(ヨハネによる福音書 13:34-35)
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