168日目
愛の属性(14)
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「愛はすべてを望む!」(コリントの信徒への手紙一 13:7)愛はすべてを望み、それゆえにYahwehはすべてを望む方です!
もちろん、愛は「善い」ことをすべて望みます!そしてわたしたちは、御方が語られる人間のことば、ヘブライ語を通して、善とは何かについての御方の意図を理解するようになりました。善とは、御国の視点から見た、道徳的、政治的、科学的、経済的、霊的なことです。善い方はただお一人、すなわち力ある方のほかにはいません(ルカによる福音書 18:19)。そうです、天の御国(高められた意識)に属することは善いことです。ただ御方だけが善い方なのです!
そして、もしわたしたちの望みが御方お一人にあるなら(詩編 62:5)、わたしたちのあらゆる望みは、御子によって模範を示され、御方のルーアッハ(霊の息吹、思い)を通して表されるYahwehの本質の内にあることになります。
愛は常に他者への賜物として自らを表すゆえに、他者は「自己」よりも大きいと考えることが不可欠です。すると、主な焦点は、わたしたちの周りの人々の命(思い)の基準を高めることになります。もしあなたが愛において完全にされているなら、その結果として生まれる命は、受け取るためではなく、ただ与えるためだけに存在する命です。これこそ、拷問されているさなかにさえ「彼らをお赦しください」と叫ぶ愛です。
愛があなたの内で自らを完成させたので、「わたしには乏しいことがない」(詩編 23:1)が、あなたの内にあるただ一つの真理となります。あなたは満たされています。あなたの杯は御方の臨在によってあふれています。あなたはほかの何も、いかなるものも必要としません。あなたの望みは御方お一人の内にあるのです!
メシアの思いこそ、愛の望みがもたらすものです。それは完全な思い、Yahwehが思われるようにしか思わない思いへの望みです。それを思い巡らすだけで、なんと栄光に満ちていることでしょうか。
わたしはあなたがたに新しい戒めを与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。もしあなたがたの間に愛があるならば〔互いに愛を示し続けるならば〕、それによってすべての人は、あなたがたがわたしの弟子であることを知るようになる。(ヨハネによる福音書 13:34-35)
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